ダイレクト・メッセージ
ここ数か月はそうでもなくなってきたが,長い間,メール・LINE・DMといったメッセージ全般に対する返信は,とても苦しみを伴う行為だった.今でも,かなり勇気がいる.「返信が嫌」とかそんな高度なレベルではなく,そもそも何を返せば良いか悩み,文体・体裁などに異様に気を回し,それなのに文章にならない単語断片しか自分の脳内から現実世界に持ってくることができず,文章になりきれない文字列を書いては消すのを何日も繰り返して,そして最終的に7割くらいの確率で,苦しんで負ける.負けると,それは放置される.そんなことをしている間に,当然の結果として,小中学生時代の交流関係が全部失われたりした.
何となく「誤解を与えない無害な文章を書かなければならない」ということに対して,強迫的な意識がある気がする.
なぜだろう,と思ったので,昔を少しだけ思い返してみたら,そういえば自分は,高校の半ばあたりまで,とにかく酷い文面(文面が痛い・無思慮・内心垂れ流し・意味もなくテンションが高い・距離感がおかしい・その他100個のちくちく言葉がここに入る)ばかり書いていたな,と気付いた.要は,自分の当時の自然体の文章は終わっていて,おじさん構文ではないが,独自の「おじさん構文」をやっていたのだった.結果,「まともな文章」のエミュレートに恐ろしく時間を費やすことになったのだろうと推測した.ただ今となっては,さすがに昔ほど酷い文面は書きようがないし,自然体も多少マシになっているはずなので,もしかしたら過剰に時間を費やしているだけかもしれないけれど.
もっとも,今の文章も十分おかしいかもしれないわけで,実際,やっぱり自分は常に3年後の黒歴史を生きているな,というのは,このブログの編集ページに放置された3年くらい前の下書きを見ていると実感できる.ちなみに「3年後の黒歴史を…」という警戒心を初めて持ったのは5年くらい前だと思うが,これだけはまだ本当であり続けていて,よかった(よくはないですが).
おしまい.